2012年3月28日水曜日

ある日の稽古

3月最後の日曜日、午後はソリスト稽古、夜は女声合唱のシーン稽古がありました。午後はねちねち、夜はパッパとやって飲みに行こうと思っていたのですが、思いのほか真面目な演出家の私は気合が入ってしまい、夜9時まで稽古してしまいました。夜の9時まで!それから飲みに行ったことは言うまでもありません。あ、ガレリア座は“呑兵衛”も歓迎します。歌や楽器に自信がなくても、酒の好きな方、どうぞ参加してください。
★演出練習風景がご覧頂けます。

2012年3月26日月曜日

ガレリア座の人々

先日、私が制作していた「新宿オペレッタ劇場」のメンバーと久々の飲み会がありまして、歌い手の方から、その方のアマチュアのお弟子さんがガレリア座に興味を持っているというお話を伺いました。それで、そのお弟子さんが座のホームページをご覧になって、「この団体はとてもハードルが高い」と思われたのだそうです。む、む、いかん!このホームページではガレリア座の真の姿が、実態が、伝わっていない!ハードル、高くないよお!というよりハードルなんて無いも同然なんだよお!と私は声を大にして言いたい。 ガレリア座には譜面の読めない人もいます。譜面なんて読めなくたって歌は歌えます。2歳児や3歳児は歌を歌いませんか?歌いますよね。カラオケ、好きですか?カラオケの画面に歌詞は出てきますが、譜面は出てきませんよね?でも、みなさん歌いますよね。ガレリア座の有名なエピソード。歌い手のK君は入団当時、オペラなんて見たことも聞いたこともありませんでした。友人の座員から「《魔弾の射手》歌いに来ない?」と言われ、「《マダム・ジャジュ》?なんだそりゃ?カラオケにでも誘われたんだろう」と思って稽古に来て、K君は東京国際フォーラム杮落しの舞台を踏みました。 ガレリア座は若い人の集まりですか?という声も耳にします。いいえ、上は還暦を越えた方から下は小学生まで在籍しています。年齢はまったく問題になりません。 先日の稽古に、私の知り合いの大学生を見学で連れて行きました。彼は《ヴェニスの一夜》の音楽なんてまったく知りません。でも、私が演出の説明を終えて、さあ、やってみようかという段になったら、彼は曲を全然知らないのに、団員に交じって演技に加わっていました。休憩の時に私が「曲、知らないのによく加わってたね。びっくりしたよ。」と言ったら、座員から「まあ、いいから、一緒にやりましょう。」と言われたので…と言っていました。そうですね。ガレリア座のメンバーになるために必要な素養と言われたら“ノリの良さ”と“難しく考えすぎないこと”の2点でしょうか。そんな方、大募集中です。ハハ。

2012年3月18日日曜日

寺崎先生と出合う

いつの日か、こういう日も来るのかもしれない…そう思っていたことがやってきた。日本オペレッタ協会の創始者であり、現在の名誉顧問、寺崎裕則先生との出合いである。話はやたらと突然だった。現在の私の職場に先生から電話がかかってきたのだ。いわく、ガレリア座でミレッカー作曲のオペレッタ「乞食学生」を上演した経緯について話を聞きたいとのこと。オペレッタに魅了され、自身、カンパニーを立ち上げてまで上演をしてきた私にとって、寺崎先生に言われれば否応もなく、夏の一日、資料を携えて先生のお宅のある成城学園前駅へと伺った。先生は天皇陛下のご学友である。つまり昭和8年生まれの79歳。私に微笑んで近づいてこられた先生は、その年齢を感じさせず、じつに矍鑠としている。とにかくお元気なのだ。 喫茶店で資料をお渡ししてからは、実際「乞食学生」の話などしたのを忘れてしまうほど、オペレッタ上演の苦労話、最近のオペラ演出のあり方、芸術論や教育論、文化行政のあり方から芸能裏話まで、とにかく時間がたつのを忘れて話し込んだ。先生もこの物好きを珍しがってくださって、その後、お宅まで伺って、《ヴェニスの一夜》の資料まで頂戴した。出合いの一日は、こうしてあっというまに過ぎ去った。 でも、ご縁はこれだけでは終わらない。 今年、2月に日本オペレッタ協会は、最後のオペレッタ作曲家として知られるシュトルツの人生を綴ったオペレッタ《ローベルト・シュトルツの青春~二人の心はワルツを奏で》を上演した。その本番近い稽古に、私は厚かましくも二度ほど伺い、プロによるオペレッタの制作現場を堪能させていただいた。このオペレッタは寺崎先生の台本によるオリジナル作品で、シュトルツのオペレッタ名曲の数々をシュトルツ本人役の演者が語りでつないでいくスタイルをとっている。シュトルツ役を演じたテノールの田代誠さんは、語りに歌にと負担の大きな役どころを見事に演じられた。 だが、その直前稽古では、事情により寺崎先生が田代さんに代わって、その語りを引き受けた。もちろんこれは稽古だから。けれど、けれど、その語り口のなんとも素晴らしいこと。まるでシュトルツ本人が話しているかのように、とても鮮やかに情景が目の前に広がってゆく。同行していたガレリア座のメンバーも同様の感想を持ったようだった。 こういうことがあるから稽古場は楽しい。 2月25日、北とぴあ・つつじホール。終演後にガレリア座のメンバー25人ほどが寺崎先生を囲んだ。先生からは「《ヴェニスの一夜》がんばってください。」と、激励のお言葉。日本オペレッタ上演史に名を残す演出家・プロデューサーからのお言葉は、熱く、重く、私たちの胸に響いたのだった。

2012年3月8日木曜日

初演出


3月3日、ひなまつりの夜、喜歌劇「ヴェニスの一夜」の演出稽古が始まった。2010年9月5日の歌劇「運命の力」で本番会場の演出卓を離れて以来だから、18か月ぶりの復帰だ。演出家にもいろいろいるだろうが、私の場合、演出というのは台本の執筆同様、かなり寂しい作業なのである。演出を考えているうちは、ああでもない、こうでもないと様々なプランを頭の中でこねくり回し楽しむことができる。だが、これで行く!と決めてしまい、それを演者に伝えた後は、もうそれは大方自分のものではなくなってしまう。もちろん、演出家なら演者にああしろ、こうしろと言えるし、演者とのぶつかり合いのなかで新しい発見があったりするのは楽しい。それでも一度決めた演出を根底からやり直すというのは、ほとんど無理だ。
私にも何度か訪れた人生の分岐点で、もし、あっちの道を選んでいたら…という想像は、40代半ばを過ぎたこの年齢になれば、誰しもが一度はやっている。選択の仕方によっては、今よりも幸福な人生の可能性はあったろう。演出という行為は、私にとって、そのミニチュア版のようなもの。一度決めれば、それで最高の舞台を作るしかないわけだが、選択しなかったプランたちに思いを馳せる瞬間が、公演日まで必ず何度か訪れる。私が演出を“寂しい作業”というのは、そのせいだ。
ガレリア座のソリストたち、合唱団員たちは、もうすっかり私のやり方がわかっていて、初日は見事なスピードで進行した。翌日の稽古とあわせて、たった2日間で第1幕はフィナーレを除いてすべて演出が付いてしまった。あんなに一所懸命考えたのに…、あんなに迷って選んだのに…。寂しさもひとしお。