2013年2月28日木曜日

久元先生との初合わせ

ああ、どうしてデジカメを持っていかなかったんだろう!このブログをアップするにあたって、これほど悔しい思いをしたこともなかったほど、その日は印象深い、そして楽しい出来事ばかりでした。ピアニストの久元祐子さん。モーツァルトやシューベルトについては間違いなく日本のピアニストの五指に数えられるピアニスト。CDはもちろん著作も数多く、またおしゃべりを入れたレクチャーコンサートでも人気を博している、話せて書けてのオールマイティなピアニストとしても知られています。私とはもうずいぶん昔からのお仕事つながりなので、あらためて久元先生と呼ぶと「やめてください!」と怒られるのですが、今回、ガレリア座のゲストとしてお迎えするにあたっては間違いなく「先生」。それを実感させる稽古でもありました。2月26日、当団のコレペティトゥアでありアシスタント・プロデューサーでもある榎本さんと中央線に揺られて立川駅まで。そこからタクシーで10分ほどのセレモアつくば本社にあるホールが稽古場です。セレモアの辻副社長のご厚意でお借りできたことに深く感謝申し上げる次第です。このホール、なんとサントリーホールと同じ永田音響設計による作りで、約100席のサロン風。中にはスタインウェイ、ベーゼンドルファーのほかに、アンティークのエラールとプレイエル、都合4台のピアノが置かれています。練習中のホールにお邪魔すると久元先生はそのエラールとプレイエルを紹介がてら弾いてくださいました。プレイエルはショパンの愛した、そしてエラールはリストの愛したピアノ。プレイエルは優雅な音楽向き、でも速いパッセージには向かずリストはエラールを好んだと、さながらレクチャーコンサートの趣で数曲をさわりだけ聞かせてくださるのです。聴衆は私と榎本さんのたった二人。目の前にはその時代のアンティークピアノ。なんと贅沢な時間でしょう!辻さんを交えてお茶をいただいてから、いよいよレッスンです。榎本さんももちろん何種類ものCDを聞き込んで、稽古もいっぱい積んで出かけたのですが、その場で久元先生から提示される音楽的な示唆の奥深いこと!どんな細かいフレーズにもすべて息を通わせ、「こうしてみましょうか。あ、こんな風にもできますよね。どっちにします?両方やってみません?」と本当に優しく、でも妥協することなく音楽を紡いでゆくのです。私が聞いていても、本当にまるで歌を歌うかのように音楽を作っていく。器楽と声楽、まったく同じことだと、いつも感じていることを目の当たりにする稽古でした。時間の過ぎるのを忘れて一通り弾き終えたところで、お腹がすきません?と、グルメの先生のお誘いで国立の焼肉屋へ!絶品のネギタン塩や冷麺をお腹いっぱい食べ、気持ちも胃袋もすっかり幸せになって帰路につきました。本番の緊張感や達成感もいいのですが、私はこうやって音楽を作っていくプロセスがたまらなく好きなんです。プロとアマチュア。音楽という素材を真ん中にして、それを愛好する人間同士が交流する。その贅沢を20周年の記念に楽しんでいます。

2013年2月13日水曜日

日本オペレッタ協会の「ヴェニスの一夜」見ました


日本オペレッタ協会の名誉顧問、演出家の寺崎裕則先生からお電話をいただき、2月8日のゲネプロと、翌9日の本番を見に北とぴあに出かけました。ガレリア座が昨年、ヨハン・シュトラウスの「ヴェニスの一夜」を上演するにあたり、先生にご指導をいただく機会を得たのをご縁に、すっかり先生と仲良くさせていただくようになりました。記憶に新しいこの演目だけに、協会のフェルゼンシュタイン版とガレリア座のコルンゴルト版の違いや、ハンガリー・オペレッタの至宝、指揮者のカタリンさんの音楽作りなど様々な関心を持って見聞きすることができました。舞台上の役者は、最近のオペレッタ協会の主役を担う田代誠さんのウルビノ大公、次回の新宿オペレッタ劇場にも登場願う家田紀子さんのアンニーナをはじめ、オペ協常連の坂本秀明さん、宇佐美瑠璃さん、甲斐京子さん、また懐かしい顔の平田孝二さんなど贅沢なキャスティングが目を引きました。また寺崎先生が必死にお金をかき集めてなんとか再現にこぎつけた素晴らしい衣裳と、先生のお父様、寺崎武男氏の描いた背景幕は、この舞台を語るとき忘れることのできない財産です。
終演後のカーテンコール、いつもと何も変わらない舞台の下手から上手の演者までハイタッチをしていく先生は、その年齢を感じさせない軽い足取りでした。でも、その口から日本オペレッタ協会で上演する大きな規模の作品はこれが最後、あとはNPO法人となってオペレッタの灯を守り続けると、なかば悲壮な宣言がなされたことに動揺した聴衆も多かったのではないでしょうか。
ひとことで言えば“浮世の愉しみ”、聴衆のみなさんが、舞台を産む苦しみなど感じることはありません。いえ、感じさせてはならないのです。でも日本はもちろん、今、世界中のどの劇場でも楽に舞台を制作しているところなど一つもありません。お金を集め、人を集め、聴衆を集める三重苦を背負い、それでもなお舞台をやるという、ばかばかしいほどの情熱がなければ成立しないのです。それをかれこれ35年以上やってきた気の遠くなるような寺崎先生の情熱を私は尊敬してやみません。私もその大きな背中を見ながら舞台を作ってきたのです。楽日の幕が閉じたあと、先生は何を思い、何を感じたのでしょう。あんなに楽しい音楽だったのに、あまりにも重く、そして切ない幕切れ…。でも、先生はそんなセンチメンタルなんか、これっぽっちも浸ってないのかもしれません。次は何をやろう、何を仕掛けようと頭の中をくるくる回しているのかもしれません。フェルゼンシュタインやポクロフスキーのように考えているのは舞台のことだけ。さて、日本オペレッタ協会はどこへ舵を切るのでしょう。

恒例!寺崎先生を囲んで