2014年11月13日木曜日

巨匠との再会

1112日、私の友人であり尊敬する音楽家の一人、バリトンの北村哲朗さんがシューベルト「冬の旅」を歌い、私は舞台監督を務めさせていただきました。この日、ピアノを担当したのがパウル・バドゥラ=スコダ、フリードリヒ・グルダとともに“ウィーン三羽烏”と讃えられたイエルク・デムス氏。今年で86歳となる巨匠です。デムス先生とは2006年のモーツァルト生誕250年メモリアル・イヤーに私がプロデュースした《7人のピアニストによるモーツァルト・ピアノソナタ全曲演奏会》にご出演いただいて以来の再会でした。年齢からくる体力的な衰えは感じられるものの、ひとたびピアノの前に座れば、芳醇な湧水のように音楽があふれ出すのです。その柔らかくも粒立ちの良い音は、どんな言葉をもっても表現できません。調律直後に僅かばかりの関係者がいるなか、先生の弾き始めたショパンの舟歌は夢のような時空間を作り上げたのです。ああ、ここに居て幸せだなあと心から感じてしまう、まさに巨匠にしかなし得ない奇跡の瞬間。北村さんとの直前プローベでは、最終曲「辻音楽師」の歌い方をより淡々と、朴訥に、話すようにした方がいいとデムス先生からアドバイスがありました。北村さんが素晴らしいベルベットのような響きを犠牲にして、とつとつ語り出すと、「辻音楽師」が広漠とした情景となって目の前に立ち現われたのです。その世界観の変わりようといったら!素晴らしき競演。本当にこの夜のお客様はかけがえのない音楽の世界を堪能されたと思います。盛会の演奏会が終わり、関係者で夕食をとりました。まだまだ食欲も旺盛なデムス先生。サラダ、メインと召しあがった後、ストロベリーパフェを美味しそうに食べていた姿がとてもチャーミングでした。
終演後のステージにて

2014年10月31日金曜日

音楽とは

そんな難しいことを書こうとは思っていませんが、そんなことをふと思わせる演奏会に行ってきました。主人公は私の妹の大学時代の恩師。武蔵野音楽大学名誉教授の川﨑隆先生と奥様の周子先生の連弾リサイタルです。お二人はウィーン留学の頃より二台ピアノ連弾の勉強をしてこられ、これまでも二台ピアノの演奏会を開かれてきました。しかし隆先生が昨年、ご病気になられ毎年の演奏会も中断。懸命のリハビリによって見事、復活の演奏会を今秋、開くことになったのです。この演奏会は一台四手連弾。真剣な表情で寄り添うお二人の姿には、人間としての温かさと演奏家としての性(さが)のようなものを感じました。病気で倒れられた隆先生は、お医者様から治ったら貴方は何がしたいですかと訊かれ、ピアノが弾きたいですと答えたそうです。周子先生は一時は死も覚悟したそうですから、隆先生の音楽家としての執念が何物をも上回ったのでしょう。音楽にはそういう力があり、一人の音楽家の生き様を通して我々は震えるほどの感動を得るのです。翻って今年前半、巷を賑わせた佐村河内守氏。彼にまつわる種々のエピソードは、彼の作品とされた楽曲を本体の価値以上に感動的なものにして世に送り出したのです。あの騒動のなかで、音楽そのものの価値は変わらないといった論評もありました。しかし私は“音楽”が少なくとも人間の営みのなかで作られたり、演奏されたり、聴かれたりする以上、そこから“人間”のファクターを外すことはできないと思うのです。バッハやモーツァルト、偉大な作曲家の真作とされていた作品が後年の研究の結果、偽作とわかります。その途端、演奏会で演奏されなくなり、CD録音もされなくなる。それだって同じことです。話がそれましたね。川﨑先生ご夫妻は、アンコールにエルガーの「愛のあいさつ」を弾かれました。お二人のテーマ曲だそうです。人生を背負ったそのピュアな音色に私は深い感動を覚えました。
川﨑先生ご夫妻

2014年10月27日月曜日

第3回ウィーン・オペレッタコンクール本選を終えて

オペレッタ座主宰の黒田晋也先生からお声かけいただいて審査員の一角を務めさせていただいているコンクールの本選がありました。アマチュア部門12人、プロ部門10人で、ひとり2曲ずつの演奏でした。私にとって印象的だったのは、プロ部門も最後から二人目の方が「こうもり」のアデーレを歌ったのですが、そのとき「あれ?今日の本選でアデーレを聞いたのはこの人が初めてじゃない?」と思ったこと。そういえば、ロザリンデもアマチュア部門の方がおひとり歌っただけでした。そうそう。オペレッタコンクールはこうでなくちゃ!「こうもり」はもちろん良いオペレッタです。オペレッタのマスターピース。誰でも知ってる。でもそれをコンクールで歌うなら、こっちをものすごく感心させるように歌ってくれないと納得できないのですよ。それより、まだまだオペレッタには宝の山があるのですよ。良い曲がたくさん。それを自力で見つけてきて素敵に料理してほしい。そんな私の願いが少しずつ叶ってきているなと思えた今回の本選の選曲でした。

さてそうなると審査員室では…が気になるところでしょうが、両方の部門とも、順位の点で先生方から異論はありませんでした。つまり、先生方の付けた点数で順位はあっさり決まってしまったわけです。誰もが納得。唯一議論が大きかったのはプロ部門で1位を出すか、出さないか。このコンクールも3回目になるということですが、その間、1位が出ないというのは厳しい話です。率直に言って。でもオペレッタだからこそ要求したい諸々の要素が、もっとそろって欲しい。1位の人には。そういう思いがこの結論を導きました。私個人の感想としては、プロ部門の方々には発声や技術の先にあるドラマを表現してほしいと思いました。声がきれい、歌が上手というのは当然の前提として、その先の話をしたいのです。オペラもオペレッタも、やっぱりある情感の高まったときにアリアとなっていくのではないでしょうか。突き動かされるものが欲しいのです。お芝居や踊りを入れる方もいらっしゃいましたが、なんだか唐突に動きだすのです。そうする必然性を何も感じないのにオペレッタだから踊らなきゃ、動かなきゃと思うらしい。とても痛々しいのです。見ている方が辛い気持ちになってしまうのです。あとは役柄の研究でしょうか。歌の吟味はしてくるのに役柄についてはノータッチ。オペレッタだからでしょうか?冗談じゃない!苦みのあるシーンをニコニコしながら歌っている不可思議さ。情念のシーンを飄々と歌っている無神経さ。ないね!トスカやノルマでもそうするのかなあ?ヴィオレッタやミミでも、はしゃいで歌っちゃうのかな。絶対しない。オペレッタならいいの?良くないですね。私が「新宿オペレッタ劇場」で発掘しているようなレア作品を歌っているわけではないのですから、いくらでも資料はある。調べようがあるのです。なら、調べましょう。

アマチュア部門については、ある水準を越えるために相応の努力をされて実を結んでいる方と、その努力が勘違いした方向に向いている方、その二種類に大きく分かれたように感じました。勘違いしている人が、方向をわからないまま(習っている場合、その先生が方向を間違っている場合も多々あります)不断の努力を重ねないよう祈るばかりです。アマチュアだから何をやっても自由…なんて横柄さを私は許しません。アマチュアのオペラ団体を率いている人間として、アマチュアだからこそ損得抜き、どこまでも謙虚に、プロが使えない時間をたっぷり使って、研究して練習して珠を磨き上げるのです。お客様に聴いていただく、お客様の時間を頂戴する、自分らの未熟な芸のために。それを徹底的に自覚して舞台に乗るべきなのです。謙虚な自己満足を極めた感動こそアマチュア芸の真骨頂だと私は思うのです。

会場を出たのは午後7時30分くらいだったでしょうか。出場者の方たちにコメントをお渡しするという今回からの新しい試みのために、審査中も頭をクルクル回し、手をシャカシャカ動かしていたせいで疲労困憊。あっという間に時間が経ちました。でも疲労感のなかにオペレッタにたくさん浸った幸福感は確かにあります。この素晴らしい試みがまた来年も発展継続することを願ってやみません。

2014年10月22日水曜日

野望に燃える我らが顧問

先日、私たちガレリア座が勝手に顧問と考えている東京フィルハーモニー交響楽団首席クラリネットの杉山伸先生の演奏会が東京オペラシティのリサイタルホールで行われました。勝手に顧問というのも失礼な話なのですが、面倒見が良く人格者であられる杉山先生は、素人がオペラをやるという不可思議なうちの団体に根気よく付き合ってくださるのです。昨年の上野夏まつり出演の際には指揮まで執っていただいて、屋外会場ゆえの暑さに加え、不忍池の迫りくる蚊たち(デング熱騒動はまだでした)と敢然と戦いながら、熱演を引き出していただきました。それに杉山先生はもともとバリトン歌手なので歌のことも本当によくご存じ。夏まつりは私たちにとって勉強になる演奏会でした。さて、先生のリサイタル。弦楽アンサンブル、ピアノ、ファゴットとさまざまな組み合わせで聴かせる楽しい演奏会でした。なかでもヒンデミットの作品は東京フィルの同僚である遠藤柊一郎さんと、まるで掛け合い漫才のような演技まで披露。馴染みの薄い作品を洒落たコメディ芝居みたいに仕立てて聴衆を魅了しました。終演後に先生を囲んだとき「ひょっとして舞台に上る野望があるんじゃないですか?」と伺いましたが、明確に否定はされなかったように私には見えました。恐るべき我らが顧問です。
偉大な顧問と素直な教え子たち

2014年10月21日火曜日

秋の散策

ホール業に就いていると土日に事業もあり、管理の当番も回ってくるので平日が自ずと休みになります。たまたま平日が三連休となり、天気も良いので少し出歩いてみました。まずは上野。恩賜公園ではヘブンアーティストという大道芸人さんたちが音楽やらパフォーマンスを道行く人に披露していました。それを横目で見ながらお目当ては上野精養軒です。先日、テレビで放送していたここのハヤシライスが無性に食べたくなった次第。まだ昼前だったので気持ちの良いテラス席でシャンパンカクテルなぞ頂きながらの優雅な昼食。甘くてコクがあって、やっぱり老舗は流石です。不忍池を眼下にみながら、そういえば昨年はガレリア座が夏に野外音楽堂に出演させていただいたけれど、今年だったらデング熱騒動で大変だったろうと思いました。来年もきっとデング熱は続くのでしょうね。そこから上野のお山の社寺をぶらぶらして、コミュニティバスに乗り合羽橋へ。最近はやりのコミュニティバス。かなり込み入った道にも入っていくのでルートを知っていれば凄く便利ですよね。とくに浅草を回る東西コースは車内アナウンスで歴史や風俗も説明してくれるので立派な観光バスなのです。合羽橋では包丁を購入。私のオーストリアの親戚筋に日本の包丁が大ブームで、毎年誰かが買ってきてと頼んでくるのです。同じ店に通っていたので、ついに店の主人に認識されてしまい、毎度どうも!と爪切り+ピーラーをプレゼントされました。喜んで…いいのでしょうね。さらに少し歩いて浅草へ。浅草寺は平日というのに大賑わい。たいへんな観光資源です。お気に入りの店で佃煮を買ったり、梅園でクリームあんみつを食べたり、観光地化していてもやっぱり浅草は楽しい所です。
西洋料理発祥の地 
 テラスより不忍池を望む
 オードブル
 絶品ハヤシライス
 関東大震災で首の落ちた上野大佛
 花園稲荷
 楽しき哉!
絵になる新旧

2014年3月10日月曜日

早春の…いやまだ寒い千葉紀行

普通のサラリーマンがお仕事に励んでいる普通の平日、職場の同僚たちと美味しい物を食べに出かけます。今回は千葉の相浜。房総半島の先端に近い小さな漁港です。天気は良好。でも風が冷たくて、さすがの千葉でも上着は手放せません。漁師のうちのおばちゃんが一人で切り盛りする浜焼きのお店。アットホームなんて生易しいものじゃない。おばちゃんの一人舞台。予約をしないで到着した我々は当初明らかに“歓迎されざる客”でした。烏賊まる一杯、さざえ、伊勢海老を焼いて、それにご飯とエビ味噌汁が付いてたったの1500円!おばちゃんの心意気よ!私たち以外に予約の2グループが来店し、おばちゃんのキャパはいっぱいになりました。とてもビールをオーダーするなんて惨い真似はできず、お皿やお椀をまとめて早々に退散。その後、信心深い私たちは天太玉命を祀る安房神社と、日本で唯一、料理の神様を祀っている高家神社にお参りを重ね、外房の和田浦へ鯨を食べに!和田漁港は関東でただ一つの捕鯨漁港。「ぴーまん」という変わったネーミングの鯨料理屋に入り、竜田揚げ、刺身、ソースカツ丼、鯨焼き、ユッケなど鯨尽くしの贅沢三昧です。少しあっさりめのお肉という味わい。中生ビールがぐびぐびと喉を通ります。本当に美味このうえなしでした。街道沿いには菜の花が満開で、春の足音を感じる一日旅となりました。


すてきな浜焼き

グルメの神様

小さな相浜漁港

産みの苦しみ

こんなタイトルの文章を以前にも書いたような気がします。実際、舞台制作の現場はいつもそうだとすら言えます。にしても、今がその時です。30年に1回と気象庁が表現した2月の大雪で稽古が数回吹っ飛びました。演出プランが決まっているのに伝えられない。以前に伝えたシーンは演者の記憶から消えていく。あいだ2週間という時間は私の焦燥がピークに達するには十分な時間でした。埼玉県下の施設で行われた歌合宿。ソリストの稽古が始まっても私のいらいらは続いていました。私のイメージになかなか追いつかない演者への怒りが収まりません。久しぶりに声を荒げもしました。でもソリストのみんなは頑張りました。私も諦めませんでした。そういう空気がとても大事なのですね。ずっと一緒に舞台を作ってきた仲間だからこそ、でしょうか。徐々に稽古場の空気が変わり始めました。もちろん完全に納得したわけではないけれど、何かしら道が見えたように思えました。稽古はそういうことの繰り返し。よくこんなことを20年も続けていると思います。もちろんそれが楽しいから、なのですが(笑)。

2014年2月28日金曜日

残雪のなか倉庫へ

ガレリア座の大道具倉庫は南アルプス市にあります。今度の公演で使用する道具の下見に行く計画を先週立てていたのですが、中央高速は雪により不通。2月24日に予定をずらしてみたものの恐る恐るの出発となりました。道路そのものは開通していました。でも両側は雪の壁。この週から気温が上がり、固まった雪が崩れる危険から、大月ICから先は1車線規制。80キロのノロノロ運転を強いられました。雪に埋まった談合坂で遅い朝食を取り、昼ごろに倉庫に到着。過去の遺産を眺めながら舞台の構想を固めました。天気も良かったので近くの武田神社へ。もちろん甲斐武田家が祀られているのです。思いのほか立派な造りで、雪に佇む能楽堂が殊のほか美しかったです。

まだ除雪作業中

まもなく談合坂

雪に埋まる談合坂SA

倉庫前も雪で…

武田神社へ

雪のなかに能楽堂

立派なお社

舞台の成功を祈願?

2014年2月25日火曜日

東京オペレッタ劇場ボッカッチョを観る

新橋の内幸町ホールで行われた東京オペレッタ劇場公演に行ってきました。演目はスッペの「ボッカッチョ」。筋書きや音楽がヨレヨレしているオペレッタ作品のなかでも、かなりしっかりした方の部類に入り、「恋はやさし、野辺の花よ」や「ベアトリ姉ちゃん」など大正期の浅草オペレッタを代表する作品でもあります。東京オペレッタ劇場を主宰する指揮者であり、演出家でもある角岳史さんはこの作品を音楽的にも芝居的にも、じつに今の世の中に受け入れられるような形に見事に調理したのです。まずは、たくさん登場する個性的な人物の頭数を泣く泣く絞り、枝葉のストーリーを削ぎ落して、まるで大吟醸酒のようにスッキリ淡麗に物語を浮かびあがらせました。タイトルロールを歌う大山大輔さんをはじめ男性キャストに、ミュージカル経験豊かなメンバーを起用することで、芝居の色やテンポはミュージカル化。日本でやるオペレッタで、私がどうにも馴染めなかった“風刺素材”もスマートに演じて、それがあっさり観衆に受け入れられていくのです。歌の方でも、たとえば、ボッカッチョとフィアメッタの有名な二重唱を、1番を訳詞の日本語、2番をイタリア語で歌わせて何の違和感も与えない。むしろ自然で、かっこいいと思わせてしまう。とにかく至る所に構成力の見事さを感じさせる仕掛けが施してあり、でもそれが全然これ見よがしにならない。いなり寿司やらスパゲッティやら“消えもの”が登場したり、あからさまなアドリブ劇が入ったり、まったく小劇場的面白さが観衆を力強く引っ張っていくのです。クラシック音楽への憧れからオペレッタ世界に行きついた私には到底できないアプローチだなあと感心しきりでした。とにかくプロのお仕事。資料的価値ではなく、興業として本当に楽しい。お客様の年齢層も何だかすっかり若くて、新しいオペレッタ受容の姿を見た気がしました。角さん、9月の「ルクセンブルクの伯爵」も楽しみにしています!

恋はやさし、野辺の花よ

2014年2月17日月曜日

嗚呼、またも雪

2月14日、東京を襲った二度目の大雪。北国にお住まいの方には笑われるような話ですが、雪に免疫のない都会の人間にとってこれは立派な災害でした。その日、勤務を22時15分に終えた私は地下鉄副都心線西早稲田の駅に向かいました。東武線、西武線、東急線と乗り入れをしている副都心線は各私鉄の運行状況の影響を受ける路線です。もちろん時刻通りに来ることは期待していません。動いているだけでもありがたい。15分近く待って思いのほか空いている副都心線に乗車。新宿三丁目で下車し、JR新宿駅まで徒歩。私の場合、問題はその先の中央線でした。快速電車はホームで止まったまま。アナウンスに従い緩行線に乗り、まずは三鷹まで何とか行ければと…。乗った電車は、大久保、東中野、中野とそれぞれの駅で数分の停車を繰り返しました。そして電車は、“運命の”高円寺駅に到着したのです。車掌のアナウンスは「この先の各駅すべてに電車が停車しており、運行のめどが立っておりません。」。時刻は午前零時を回り、もはや新宿に引き返す電車もない。雪は風とともに強まるばかり。天気予報では零時過ぎには雨に変わるとか言っていたのに!15日は気温が10度を超えて暖かくなると言っていたのに!とりあえず、列車を降りて、改札を出て、タクシー乗り場を見てみれば、そこには長蛇の列。でもタクシーは一台もやって来ない。タクシー会社に電話をしてもまったく通じない。虚しく時間だけが過ぎていき午前3時を回り、私も腹をくくりました。日頃お世話になっている通勤電車、中央線の中での夜明かしです。中央線は青梅線や五日市線に乗り入れるため、各扉横に手動の開閉ボタンが付いています。通常、中央線区間では使用しないこのボタンが今回、とても役に立ちました。車内の温度を保つため、すべての扉を閉鎖し、トイレ等の出入りはこのボタンで乗客自身が開閉を行いました。疲労のせいか、軽い興奮状態のなか、午前7時過ぎまで私はぐっすり眠ることができました。朝になると、少しずつ電車も動き始め、どうにかこうにか12時間をかけて会社から帰宅を遂げました。その日、土曜日の稽古をすべて中止にしたのは単に交通事情だけでなく、私の疲労のせいでもありました。2週続けて演出稽古を休みにするのは、演出初期のこの時期、とても厳しい決断ですが、今回に限っては即決でした。その日はそれでも昼間、眠ることはできず、ご近所の方たちと家の周囲の雪かきに励みました。なんだかナチュラルハイの状態でしたね。海外旅行から帰った日の時差ぼけのような。おかげで八木原家の周囲はきれいです。

東京の雪

2014年1月21日火曜日

オペレッタコンクール演奏会

1月18日、代々木のHakuju Hallに行ってまいりました。できた当初くらいに一度行って以来なので地図を片手に。音響設計ができすぎているのか、とにかくよく響くホール。まるで風呂の中。小声でも十分に勝負ができます。アマチュア部門の受賞者8人、プロ部門6人、そしてゲストの小林晴美先生。コンクール受賞者の皆さんは、本選のときの緊張感とは違うなあ。同じ緊張感でもヘンな堅さではないな、と感じました。もしこの演奏会が審査の対象だったら相当迷うなあというのが正直な感想でした。プログラムがバラエティに富んでいたのも良かったです。コンクール直後には、みんなアデーレとハンナ・グラヴァリなどと苦言を呈しましたが、オペレッタには素敵な曲がたくさんあるわけです。審査される側の方といえど、普通のお客様からすれば“専門の方”“勉強をされた方”なわけですから、もっといろんな曲にチャレンジしてほしいなあと思っていました。今回の演奏会では、予選本選とは違う曲をきちんと準備され、また別の顔を見せてくださった演者さんが何人かおられました。私にはそれがとても嬉しいことでした。会場にはオペレッタの好きな一般のファンの方もお見えになっています。身内だけが集まる“ピアノのおさらい会”ではありません。それを意識できたかどうか。私にはとても大切なことに思えます。終演後の親睦会で、黒田先生から今年の第3回コンクールもよろしくお願いします!と念を押されました。オペレッタの灯が続くことを願って、微力ながらお手伝いをさせていただければ本望です。

ガレリア座の出来たてチラシもはさみこみ

2014年1月14日火曜日

初稽古

「シカゴ大公令嬢」の音楽稽古は昨年9月から始まっていました。年末までの私は全体構成の考案と台本の執筆にあたっていましたので、年明けからが私の出番という感じです。いつの公演でもそうですが演出卓に座る最初の稽古は緊張します。さて、この作品をどうやって世に送り出そうか。まっさら無垢の作品に触ることの恐れでしょうか。始まってしまえば何のことはなく、スルリといつものペースになってしまうのですけれどね。今回の作品はアメリカ音楽―ジャズやチャールストンなどの要素が多く入り、一見派手でミュージカルみたいな面白さがあります。ですが作品の背景となる第二次大戦前夜の時代を思うと、単純なお祭り騒ぎでこの作品を片付ける気が私には毛頭ないのです。とはいえ、オペレッタは娯楽作品でもあります。はやりのペーター・コンヴィチュニーのような手法で何かを白日のもとに晒すというのも洒落ませんね。でも何かのメッセージは届けたい。ヨハン・シュトラウスが「こうもり」に隠したヨーロッパの勢力地図への皮肉。レハールが「微笑みの国」という悲劇のテーマに掲げた東西文化の交錯。カールマンが「チャールダーシュの女王」に忍ばせた身分社会の崩壊。楽しさや笑いといった仕立ての良いコートの裏にそっと隠された大人だけが理解できる苦い味。それが私の好きなオペレッタです。と、自分で勝手にハードルを上げてしまいました。私の稽古も始まりました。

演出初日にいきなりプロローグ完成

2014年1月7日火曜日

あけましておめでとうございます

今年はじつに三年ぶりに日本でお正月を迎えました。ここ二年はザルツブルグの妹の所で過ごしていましたので、「紅白歌合戦」がとても新鮮に感じられました。NHK内輪受けの「あまちゃん」について、見ていない人も結構いるだろうに何でここまで盛り上げるのか少々違和感を覚えつつ、司会の綾瀬はるかさんの可愛さにはメロメロになってしまいました。5歳になった愛すべき甥っ子の良太君を筆頭に妹一家が来日し、その友人で写真家のアンディも一緒に来たため、とてもとても賑やかなお正月でした。初来日の写真家氏や甥っ子のために、私の日常生活では絶対に行かないディズニーシーやスカイツリーなどにも初めて足を踏み入れました。ほとんどの日程が快晴で、写真家氏は富士山のいろいろな姿を写真に収めて大満足。富士山は日本人、外国人を問わず、人を魅了する山なのですね。

富士サファリパークからの眺め